さをりの森

始まりは、一本抜けた、タテ糸でした。 始まりは、一本抜けた、タテ糸でした。

さをり織りは、こうして生まれました。 さをり織りは、こうして生まれました。

1969年、城みさをが56歳の時。あるきっかけで手織りを始めて間もない頃。自分の織った布にタテ糸が1本抜けていた。織物の常識に照らせば傷物。しかし、何か趣きがある、自分としては気に入っている。これを傷とみるか模様とみるか、見方次第で物の評価は180度変わる。よし、一度常識から離れて自分の好きなようにやってみよう、どんどんキズを作ってやろう…。

当時、織物といえば規則正しく均一なものが一般的でした。タテ糸が一本抜けていれば、「これはキズモノでっせ。二束三文や。」と言われた時代。しかし、城みさをは自分の感性を信じ、常識から離れて織ったショールを大阪の老舗呉服店に持ち込みました。すると、そこの主人から思わぬ言葉。

「これは面白い。全部引き取らせてもらいまひょ。」
自分の感性を信じて織ったショールが高値で売れ、城みさをは考えました。「織り手の個性の美しさが布に現れていたから、評価されたに違いない。」

キズはキズではなく、織り手の個性。
すべてはその発想の転換から始まりました。

単なる手織りがアートに昇華した瞬間でした。

感性の手織り、「さをり織り」=布を織るのではなく、自分を織る。 感性の手織り、「さをり織り」=布を織るのではなく、自分を織る。

「さをり」とは自分の感じるままに、好きに好きに織る手織りです。

織りに自己を表現するというアートとしての手織り。アートである以上、見本もなければ、ミスや失敗というものもなく制約もありません。何を何色でどんな風に織るか、すべて織り手本人に委ねられているのです。

しかし、自由である=簡単というわけではありません。

我々は日頃から常識や既成概念という枠の中で生活しています。知らず知らずのうちにそれらの影響を受けて、何かに捉われていることが多いものです。その中で「自分」をありのままに表現することはある意味で難しいとさえいえるのです。

「さをり」では「機械のマネはしない」ということをスローガンとしています。

均一・均質、パターン化されたものから抜け出す。常識や既成概念から離れ、自由な発想と視点を大切にする。心を「無」にして織る…。そうして初めて、本来ひとりひとりが生まれながらに持っている感性を引き出すことができると考えています。

そこから生まれたものはすべてがオリジナルであり、オンリーワンであるのです。自分にとってかけがえのない大切な宝物になるのです。

手織りをアートとして考え、織ることでひとりひとりが生まれながらに持っている感性を「引き出す」という、「さをり」独自の考え方は海外でも広く受け入れられています。

誕生から 50年以上経ったいま、「さをり」は世界各地に広がっています。

布を織るのではなく、自分を織る。

その楽しさは世界共通なのです。